人生について
2020年05月31日
記憶。
生きていれば思い出す
夢見た日々を
幸せな日々を
有頂天の日々を。
生きていれば思い出す
夢破れた日を
悲しみの日を
うちひしがれた日を。
けれど
幸せな記憶が勝るから
生きてこれた。
それは
あまりにも
幸せな記憶
生きていくには
十分すぎるほどの記憶。

夢見た日々を
幸せな日々を
有頂天の日々を。
生きていれば思い出す
夢破れた日を
悲しみの日を
うちひしがれた日を。
けれど
幸せな記憶が勝るから
生きてこれた。
それは
あまりにも
幸せな記憶
生きていくには
十分すぎるほどの記憶。

nori56jp1 at 23:05|Permalink│Comments(0)
2019年03月29日
この手の中にあるものは。
この手の中にあるものは
あって当然のように思えるけれど
神様が わたくしに
他のものが手に入らない代わりに
与えて下さったものであると
ようやく わかるようになりました。
案外人生は
平等に与えられていることに
気づかされます。

あって当然のように思えるけれど
神様が わたくしに
他のものが手に入らない代わりに
与えて下さったものであると
ようやく わかるようになりました。
案外人生は
平等に与えられていることに
気づかされます。

nori56jp1 at 11:21|Permalink│Comments(0)
2018年05月27日
涙があふれてくるのは。
涙があふれてくるのは
優しい言葉が甦るから
涙があふれてくるのは
幸せな記憶に包まれるから
涙があふれてくるのは
ともに生きた瞬間に 心が戻るから
そして涙があふれてくるのは
もっと愛を返せばよかったと
悔やむ思いが残っているから。

優しい言葉が甦るから
涙があふれてくるのは
幸せな記憶に包まれるから
涙があふれてくるのは
ともに生きた瞬間に 心が戻るから
そして涙があふれてくるのは
もっと愛を返せばよかったと
悔やむ思いが残っているから。

nori56jp1 at 14:53|Permalink│Comments(0)
2018年03月05日
それは愛なのか。
いつも君は ぼくを見ている。
食事をしているときも
テレビを見ているときも。
メールも見るし
ファイルも開く。
ぼくの姿が見えないと
君はいつも家中を探す。
僕が死んだらお棺の中に
君は 一緒に入る、という。
聞けないけれど
本当は君に聞きたいんだ。
それは
それは 愛なのか。
それはほんとうの愛なのか。

食事をしているときも
テレビを見ているときも。
メールも見るし
ファイルも開く。
ぼくの姿が見えないと
君はいつも家中を探す。
僕が死んだらお棺の中に
君は 一緒に入る、という。
聞けないけれど
本当は君に聞きたいんだ。
それは
それは 愛なのか。
それはほんとうの愛なのか。

nori56jp1 at 12:20|Permalink│Comments(0)
2018年02月28日
好きなところに。
好きなところに
飛んでいきなさい。
その羽根を羽ばたかせ
自由に空を飛んでいきなさい。
こんなところに留まらずに
大きな空へ飛び立ちなさい。
あなたには
背中に羽があるのだから。
自由に生きて良いのだから。

nori56jp1 at 16:42|Permalink│Comments(0)
2018年02月09日
メール
夢の中で
メールが届いた。
優しい言葉は
見つからなかった。
これっきりだと
書いてあった。
夢の中で
言葉を探した。
悲しくて
言葉が見つからなかった。
だけど 夢でも
メールが届いたことが
うれしい私がいた。
もう 夢も現実も
すべて儚いものだから。

メールが届いた。
優しい言葉は
見つからなかった。
これっきりだと
書いてあった。
夢の中で
言葉を探した。
悲しくて
言葉が見つからなかった。
だけど 夢でも
メールが届いたことが
うれしい私がいた。
もう 夢も現実も
すべて儚いものだから。

nori56jp1 at 11:39|Permalink│Comments(0)
2017年12月21日
いつかあなたは。
あなたが
もう少し穏やかでいてくれたなら
あなたが
もう少し寛容であってくれたなら
あなたが
もう少し言葉を呑み込んでくれたなら
あなたのまわりは穏やかで
いつも平和で静かなのだけれど
いつかあなたはそのことに
気づいてくれる時があるでしょうか。

もう少し穏やかでいてくれたなら
あなたが
もう少し寛容であってくれたなら
あなたが
もう少し言葉を呑み込んでくれたなら
あなたのまわりは穏やかで
いつも平和で静かなのだけれど
いつかあなたはそのことに
気づいてくれる時があるでしょうか。

nori56jp1 at 13:41|Permalink│Comments(0)
2017年10月30日
そろそろ自分を。
誰も傷つけないために
誰も悪者にしないために
何もこわさず、
何も語らずに
すべてを自分の責任として
乗り越えてきたことを
誰も知らなければ
誰も褒めてはくれないけれど
そろそろ自分で
褒めてあげてもよいかな、と思うのです。

誰も悪者にしないために
何もこわさず、
何も語らずに
すべてを自分の責任として
乗り越えてきたことを
誰も知らなければ
誰も褒めてはくれないけれど
そろそろ自分で
褒めてあげてもよいかな、と思うのです。

nori56jp1 at 09:19|Permalink│Comments(0)
2017年02月02日
2016年11月22日
2016年11月03日
2016年05月25日
2016年02月15日
2016年01月20日
2015年12月06日
2015年11月20日
2015年11月06日
2015年10月03日
2015年09月15日
2015年09月07日
2015年06月26日
2015年06月21日
2015年02月17日
2015年02月13日
2015年01月22日
2015年01月06日
2014年12月11日
2014年12月02日
この手の中に。
人間、欲張ってはいけないの。
何かを手に入れようとするとき
人は何かを手放しているのだから。
次々に手に入れている人は
次々に捨てているひと。
もしも、何も手に入らないと嘆くときは
自分の手の中にあるものをしっかりと見つめるの。
そうすればきっと、その訳がわかるはず。
他には決して手に入らない、
大切なものが
すでにそこにあるから。
だからそれ以上のものはありませんよ、と
神様は無言で示されている。
そのことに気がつかないといけないの。
神様は平等にすべてを与えられている。
私は最近 そう思うの。
***

最近は田舎に帰る度
母を連れて 長府の忌宮神社によくお参りします。
ウコッケイやハトがいて
心が和みます。
何かを手に入れようとするとき
人は何かを手放しているのだから。
次々に手に入れている人は
次々に捨てているひと。
もしも、何も手に入らないと嘆くときは
自分の手の中にあるものをしっかりと見つめるの。
そうすればきっと、その訳がわかるはず。
他には決して手に入らない、
大切なものが
すでにそこにあるから。
だからそれ以上のものはありませんよ、と
神様は無言で示されている。
そのことに気がつかないといけないの。
神様は平等にすべてを与えられている。
私は最近 そう思うの。
***

最近は田舎に帰る度
母を連れて 長府の忌宮神社によくお参りします。
ウコッケイやハトがいて
心が和みます。
2014年11月14日
2014年10月30日
2014年10月29日
2014年10月28日
2014年10月02日
2014年08月31日
2014年08月25日
2014年08月21日
2014年07月11日
2014年07月01日
2014年06月28日
2014年06月11日
2014年06月05日
淡々と生きる
乗り越えてみればこそ
今、静かに思う。
思わず「わたし、がんばるから」と
口を突いて出ているときは
自分の中で
苦しんでいるとき。
思い通りに行かない、
そんな焦りから
もっとがんばらねば、と
自分に言い聞かす。
自分の理想に向かっているはずなのに
努力が成果に結びつかない。
理想から遠ざかっているようにさえ感じる。
こんなはずではないのに、と
自分を責めている。
「がんばらなくてもいいんだよ」、と言われても
がんばらずにはいられない。
もっと自分が がんばれば
きっとどうにかなる、
どうにかしなくては、と思ってる。
だけど 人生は
自分の力では
どうにもならないことがあること、
懸命にがんばった人にだけは
神さまが教えてくださるのでしょう。
結果が出せることだけがすべてではない。
もがき苦しんで必死に生きたことで
知る真実は 神さまからの救いの手なのだから。
だからわたしは
この世は導かれて生きて
神さまに許されたことのみ
結果が出せるのだと思うようになった。
季節が来れば
花は咲くように
いつか自分にも順番が回ってくる。
時が来れば花は咲く。
だから生きている限り 淡々と
今すべきことを丁寧にしていきたいと思う。

***
今年も庭に薔薇のストロベリーアイスが
可憐な花を咲かせました。
毎年咲いてくれる花が愛おしい。
そして私たち人間も
自然の中のほんの一部分であることを
忘れずに生きたいと思うのです。。
今、静かに思う。
思わず「わたし、がんばるから」と
口を突いて出ているときは
自分の中で
苦しんでいるとき。
思い通りに行かない、
そんな焦りから
もっとがんばらねば、と
自分に言い聞かす。
自分の理想に向かっているはずなのに
努力が成果に結びつかない。
理想から遠ざかっているようにさえ感じる。
こんなはずではないのに、と
自分を責めている。
「がんばらなくてもいいんだよ」、と言われても
がんばらずにはいられない。
もっと自分が がんばれば
きっとどうにかなる、
どうにかしなくては、と思ってる。
だけど 人生は
自分の力では
どうにもならないことがあること、
懸命にがんばった人にだけは
神さまが教えてくださるのでしょう。
結果が出せることだけがすべてではない。
もがき苦しんで必死に生きたことで
知る真実は 神さまからの救いの手なのだから。
だからわたしは
この世は導かれて生きて
神さまに許されたことのみ
結果が出せるのだと思うようになった。
季節が来れば
花は咲くように
いつか自分にも順番が回ってくる。
時が来れば花は咲く。
だから生きている限り 淡々と
今すべきことを丁寧にしていきたいと思う。

***
今年も庭に薔薇のストロベリーアイスが
可憐な花を咲かせました。
毎年咲いてくれる花が愛おしい。
そして私たち人間も
自然の中のほんの一部分であることを
忘れずに生きたいと思うのです。。